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2011年11月24日

寒かった!石見銀山の仙ノ山。

米子市や境港市のお客様をご案内して、石見銀山へ山登りに行ってきました。

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その1
スタートは石見銀山世界遺産センターから。
建物右手から急な階段を下り、五百羅漢前を通って柵内に向かい、史跡を案内しながら(けっこう勉強しました!)奥へ向かいます。
写真は江戸幕府の初代銀山奉行・大久保長安の逆修墓。
(逆修墓とは死後の往生を願って、あらかじめ生前に仏事を行なって建てる墓のことです)
この人は手腕を奮って銀山の繁栄をもたらしたのですが、巨額の不正蓄財だとか、ポルトガル人と結託して倒幕計画を練ったとか、黒い噂もいろいろあったとのこと。
本人が亡くなった後の一族は徳川家康により、全員断罪に処せられたのだそうです。。

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その2
柵内を奥まで行って、龍源寺間歩の出口方面へ向かい、佐毘売山神社神社の境内へ。
わずかですが美しい紅葉を見ることができました。
この境内左手から、今回目指す仙ノ山(せんのやま・537.5m)の登山道が始まります。

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その3
登山道の前半は、竹林の中の急登を進みます。

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その4
30分ばかり登った地点の、米カミ岩で小休止。

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その5
さらに竹林の中を過ぎて、刈り払いのされた石銀地区へ。
ここが戦国時代から江戸時代初期にかけての、石見銀山の中心地、銀産出と生活の拠点でもあった場所です。
しかし竹林を切り開いた平坦地の所々に間歩(坑道)が開いているだけなので、それ相応の予備知識がないと感動はいま一つ?かもしれません。
(現在は歩道などの整備工事中でした)

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その6
上の写真の左手をたどって、仙ノ山の頂上へ。
しかし…この秋に刈り払いがされているという話があったのですが…そんなことはなく、頂上はヤブヤブでした。。
昼食はこの場所から下り、一つ前の写真の辺りでとったのですが、風が強く冷たく、寒かった!
この秋は気温が高めで推移していましたが、いよいよ本格的な冬が近づいてきたことが感じられました。

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その7
下山は石銀地区から車道を下り、展望台のところから再度山道に入って世界遺産センターに戻るコースを選択。
展望台からは、島根県中部の名峰・三瓶山(さんべさん・1125.9m)のすっきりとした姿を望むことができました。

寒かった!石見銀山の仙ノ山・その8
西を向くと山吹城跡のある要害山(ようがいさん・414m、写真中央やや左)も、間近に見えていました。
背後には険しい大江高山火山群の山々も連なって、独特の景観を見せているところです。
しかしこの日はとにかく寒く、展望もそこそこに一気に下山をして、米子への帰路についたのでした。

2011年11月24日 ガイド コメント:0












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