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2011年11月14日

車道を歩いて登った霊石山。

比較的馴染みの薄い鳥取県東部の山々について確認したいと思い、3日間の日程をとって鳥取市方面へ向かいました。
初日は出発が遅くなり、お昼を過ぎてからの登山となるため、無理なく登れそうな霊石山(れいせきざん・334m)へ。
鳥取市と八頭町の境にある山で、初めて登るところです。

車道を歩いて登った霊石山・その1
登山口を探してウロウロし、やっと標識を発見。
標高300m余りの低山ですが、けっこう登りがいのありそうな山かな…この時はそう思いました。

車道を歩いて登った霊石山・その2
手持ちの資料を参照しつつ上の写真から左に進み、国道53号を横切って車を進めると…何だか様子が変です。
このまま頂上まで車で行ってしまうのではないか??
そう感じて、途中の駐車スペースで現在位置を確認。
すると…資料を良く読んでみると、この霊石山は頂上まで車道が通じており、紹介されているコースはそれをたどって登るというものだったのでした。
う~ん、車も通る舗装路を登っての登山か…。。
馬鹿馬鹿しくなってきたので、登る対象を変えようかと思いましたが、秋の日は短いのでそんな時間はなさそうです。
この上部には御子岩だとかの見所もあるようなので、気をとり直してこの場所に車を停めて、上を目指して歩き始めました。

車道を歩いて登った霊石山・その3
車道を歩き始めて間もなく、左手に現れた御子岩。
神話の時代に天照大神が降臨した際、猿田彦命が先導をしてこの岩の上に冠を置いたと、そういう言い伝えのある岩なのだそうです。

車道を歩いて登った霊石山・その4
その少し上には、源範頼の墓も。
源範頼とは鎌倉幕府の初代征夷大将軍・源頼朝の異母弟で代官を務めた人ですが、後に謀反の疑いをかけられ、抹殺されたのでした。
けれども抹殺されたのは実は身代わりの者であり、本人は生き延びて他の地で余生を過ごしたと、そんな話が全国各地にあるそうですが、ここにあるのもそういったものの一つのようです。
生き延びた源範頼は因幡に逃れ、この霊石山の中腹にある最勝寺に葬られたとされる看板が立っていました。

車道を歩いて登った霊石山・その5
神子岩と源範頼の墓を過ぎると、後はこれといった見所もなく、車道を淡々とたどって上を目指します。

車道を歩いて登った霊石山・その6
やがてたどり着いた頂上の奥の方は、切り開かれてハンググライダーの飛び立つ場所として整備されていました。

車道を歩いて登った霊石山・その7
そのハンググライダーの発進地から見下ろすと、確かに展望は最高です。
鳥取市に流れ注ぐ、千代川の様子を一望することができました。

車道を歩いて登った霊石山・その8
けれども頂上はやっぱり、味気ないアンテナだらけで、作業の車が行き来をするような場所だったのでした。
うーん、確かに地元の人には愛されていて、名山・名勝なのかもしれないけれど、登山の対象ではないよなー。
そんな気持ちを抱きつつ、登ってきた車道をトボトボと引き返し、車へと戻りました。

2011年11月14日 その他の山々 コメント:2

オカンの今年の目標は、この霊石山から砂丘めがけて、ハンググライダーで飛ぶことでした。
もちろんインストラクターにぶら下げてもらってね。(^_^)v
来年こそはチャレンジします。

2011年11月18日 オカン URL 編集

オカンさん、こんにちは。
最近はハンググライダーですか!
これはハナちゃんは一緒に楽しむことはできませんね。
気をつけてチャレンジしてくださいね!

2011年11月21日 きもと URL 編集












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