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2008年05月30日

岳。

先日の怪我のあとに自宅静養している頃、東京の山仲間のukkyさんが、面白いから読んでみてということで、『岳』というまんがを送ってくれました。
北アルプス・穂高周辺の山岳救助の話で、前穂高岳で滑落事故を起こしたばかりの身には、少々心痛い面もありましたが、興味深く読みました。

岳・その1
しかし、1巻、2巻と読み進めての印象はというと…。
事故に対して無為無策の登山者たち、穂高とは思えない欧米のクライミング雑誌を書き写したような山岳風景、あんまり現実に即しているとは思えない人間描写…そんなに面白くないぞーというのが、正直な感想でした。
でも3巻になると、だんだんと面白い話がでてくるようになりました。
特に『押し花』という話が良かった。
登場するおじさんの若き日の、「遊びじゃなく…山です。」というセリフがいい感じです。
かつての自分を思い出しました…なんてことはないかな~~。

岳・その2
送ってもらったのは3巻までだったので、続きが気になって4巻から最新の6巻までを買ってきて読みました。
4巻以降は本当に面白い、密度の濃い良い話ばかりだと思います。
山の描写も穂高らしくなってきて、違和感なく読み進めることができました。

岳・その3
気になったのは6巻の腰巻。
本当に平山ユージ氏が「僕は三歩になりたい。。。」なんて言ったのかな???
まあどうでも良いことなのですが。

いずれにせよ、山好きの人にはおすすめのまんがです。
まだ読んでいないかたは、ぜひ手にとってみてください。
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2008年05月30日 登山の話題 コメント:2

2008年05月29日

妖怪の駅。

先日の怪我から3週間以上が経ち、身体のほうは順調に回復してきています。
一番心配だった肺は完治し、肋骨もレントゲンで見ても折れていることが解からない程度にまで治ってきました。
しかし腰椎のほうはもう一息、といったところで、身体をひねったり軽く衝撃がかかるとまだ激痛が走ります。
念のため車の運転は控えたほうが良いとのことで、今のところはJRを利用して通勤をしています。

妖怪の駅・その1
毎朝大山山麓から米子駅までやってきて、そこで乗り換えるのがこの電車。
妖怪列車で一部には知られている、境線の“鬼太郎電車”です。
(1両のみの電車です)

妖怪の駅・その2
米子市から境港市にかけて走る境線では、妖怪を売り物にした観光PRがされています。
境線の各駅には妖怪の名前をつけた別名があるのですが、この米子駅は“ねずみ男駅”ということになるのだそうです。

妖怪の駅・その3
境線が発着するホームには、このような妖怪オブジェがあちこちに置かれているので、待ち時間に見ているとけっこう楽しいです。

妖怪の駅・その4
ところで米子駅の一角には、時期外れのラッセル車が停まっていました。
私は鉄道マニアではないのですが、ラッセル車やロータリー車など、冬の雪かき車両は子供の頃から好きで、見ると嬉しくなってしまいます。
早く身体を治して、次の冬にはラッセル車に負けないくらい、バリバリとラッセルできるといいなーと思っています。

2008年05月29日 旅行・観光 コメント:4

2008年05月28日

鳥海山の思い出。

先日の土日は、東日本から西日本にかけて雨でした。
米子在住の山仲間のREIさんたちは北アルプス方面の計画を立てていたのですが、雨の予報のため予定を変更し、東北の鳥海山(ちょうかいさん・2230m)に足を運んだそうです。
何と片道1000kmあまり、12時間以上の運転だったとのこと。
お疲れさまでした。

鳥海山
これはREIさんに送ってもらった写真です。
登山道の象潟口付近から写したものでしょうか。
手前の断崖を落ちる滝が白糸の滝、奥に見えるのが山頂とのこと。
なかなか壮大な景色です。

私の出身地は秋田県、秋田市の北に隣接し男鹿半島の手前に位置する、天王町という海沿いの町で小学生の時まで過ごしました。
その当時2年に1回くらい、南の空の普段は何もないところに、薄ぼんやりと巨大な山が見えることがありました。
親や先生に聞くと、それは鳥海山といって秋田県で一番高い山だということでした。
何だか怖いような、でもちょっと胸がときめくような、不思議な思いがしたものでした。
子供の頃は登山にはまったく興味がなく、鳥海山には登ることなく天王町を離れたのですが、今は機会があれば登ってみたいと、心のどこかでずっと思っています。
できれば3月頃、北面のバリエーションルートから登りたいと思うのですが…でも遠いので、ちょっと難しいかもしれません。

鳥海山のお土産
REIさんが買ってきてくれたお土産。
庄内米せんべいと可愛いローソク、袋にはうさぎのイラストが描かれていました。
このローソクはフラワーボールというもので、水に浮かべて使うのだそうです。
何だか面白そうで使うのが楽しみです。

2008年05月28日 その他の山々 コメント:6

2008年05月27日

かじり木の好きなうさぎ。

この前、1個30円くらいで木材の切れっ端を買ってきてぽこのかじり木にしたのですが、とっても気に入ってくれています。

かじり木の好きなぽこ・その1
切れ端の1枚を、カーペットの角をかじるのを防ぐために置きました。
ぽこは毎日2~3回、ここをガジガジしています。
奥にあるのはリンリンボール。
先代うさのももはあんまり好きではなかったけれど、ぽこは時々転がして遊んでいます。

かじり木の好きなぽこ・その2
この丸い棒状の切れ端も大好き。
転がしてはガジガジを繰り返します。
ぽこは本当にかじり木系のおもちゃが大好きなうさぎです。

2008年05月27日 うさぎ コメント:2

2008年05月21日

穂高山行で見た岩場。

先日の穂高山行では、様々な岩場も(マイナーなものばかりですが)目にしました。

六百山の岩場
これは六百山の岩場。
昔は登られていたと聞いたことがあるのですが、はっきしりません。
どうなのでしょうか?

明神岳・2263m峰南壁
写真右手の岩場は明神岳・2263m峰南壁。
ほとんど登られていない岩場だと思うのですが、今年2月に開催されたウインタークライマーズミーティングにおいて、意欲的な若手アルパインクライマー達によって登られたそうです。
中央の雪のついた沢が南壁ルンゼ、ここも最近は積雪期にはトライされているみたいです。

畳岩
これは岳沢右岸上部の畳岩。
傾斜が緩くてべったり雪がついているため、ただの雪の斜面に見えます。
畳岩につながる右の尾根は畳岩尾根で、その奥のゴツゴツした岩稜がコブ尾根です。
コブ尾根は自分の転落事故がなければ、奥穂高岳南稜の次に登る予定だったのですが…また次の機会となってしまいました。

ジャンダルム・北面フランケ
奥穂高岳山頂から見たジャンダルム。
右下に延びる岩稜は飛騨尾根、影になっている部分の岩壁が北面フランケと呼ばれているようです。
最近でも飛騨尾根は時々は登る人がいるようですが、北面フランケはほとんど登られていないでしょう。

前穂高岳北尾根・3峰フェース
これは前穂高岳北尾根3・4のコル周辺で、中央の黒っぽい岩壁が3峰フェースです。
3峰フェースは実質2ピッチ程度の岩場で、あえてここまで来て登る必要はない気もしますが、以前所属していた山岳会の仲間で厳冬期に登った人がいます。

穂高は他に大きな岩場があるので、これらのような中途半端な規模の岩場はあまり注目されないようですが、ちょっともったいない気がしないでもありません。
これらのうちのもし1つでも山陰にあったとしたら、きっと大人気の岩場になることでしょう。

2008年05月21日 岩壁の写真 コメント:11

2008年05月20日

穂高で見た山々。

先日の穂高山行では、山陰に移住して以来あまり目にしない山々の姿を目にして嬉しく感じました。
またかつてそれらの山々に接した時のことを思い出し、ちょっと懐かしさも感じました。

奥穂高岳
上高地から見上げた奥穂高岳(おくほだかだけ・3190m)。
写真中央の一番高く見える位置ではなく、やや右の台地状のところが頂上だと思います。
奥穂高岳は1999年12月31日に、涸沢岳西尾根より登りました。
ちょうど2000年問題で、世間が大騒ぎしている頃でした。

六百山
上高地・自然探勝路から見た六百山(ろっぴゃくさん・2449.9m)。
興味はあるのですが、一度も登ったことのない山です。
(登山道はない山です。)

六百山・霞沢岳
岳沢を登っていくと、六百山の背後に、さらに大きい霞沢岳(かすみざわだけ・2645.6m)が姿を見せはじめました。
この霞沢岳は、2000年10月12日に島々から入山し徳本峠より往復して登りました。
歴史あるコースで、楽しく感じる登山でした。

奥穂高岳南稜より
これは奥穂高岳南稜の途中より、背後を振り返って撮った写真。
左が霞沢岳、右が焼岳、中央の白い山が乗鞍岳です。

焼岳
焼岳(やけだけ・2455.4m)のアップ。
ここは1999年3月21日に南尾根より登りました。

乗鞍岳・御嶽山
こちらは乗鞍岳(のりくらだけ・3026m)のアップ。
ここは2000年10月4日に、バスで普通に登りました。
山頂に売店があってびっくりした記憶があります。
なお、左奥に見えるのは御嶽山(おんたけさん・3067m)だと思います。
残念ながら、こちらは登ったことがありません。

槍ヶ岳
奥穂高岳山頂より見た槍ヶ岳(やりがたけ・3180m)。
槍ヶ岳は近くの山小屋でアルバイトをしていたこともあり、山頂には20回程度立っています。
個人的に登ったのは1990年11月24日1999年8月1日の2回のみ。
何だかこの槍ヶ岳は、辛かった仕事のことばかり思い出されて、冷静に見ることのできない山です…。

常念岳
奥穂高岳山頂より見た常念岳(じょうねんだけ・2857m)。
アルバイト中、毎日のように目にしていた山ですが、一度も登ったことはありません。
一ノ俣谷から登ったら楽しそうです。

笠ヶ岳
奥穂高岳山頂より見た笠ヶ岳(かさがたけ・2897.5m)。
この山も一度も登ったことがありません。
実は今年の9月に、沢登りで金木戸川支流の小倉谷から登る計画があったのですが…現在の体調では、ちょっと無理そうです…。

前穂高岳・明神岳
吊尾根から見た、左が前穂高岳(まえほだかだけ・3090.2m)で、右の岩稜の一番高いピークが明神岳(みょうじんだけ・2931m)です。
前穂高岳は1991年12月31日に北尾根より、明神岳は2002年4月28日に東稜より登りました。
しかしこの写真は先日の自分自身の転落事故現場でもあるので、今となっては複雑な思いのする場所でもあります…。

こうやってみると、穂高周辺は良い山の多い、本当に素晴らしいエリアです。
いずれまた機会を作り、(今度は事故のないように)いろいろと登ってみたいものだと思っています。

2008年05月20日 山々の写真 コメント:6

2008年05月19日

うさぎは昼寝。

今日はこれから、久し振りに職場に向かいます。
ゴールデンウィークからずっと休んでいたため、約2週間振りの出勤ということになります。

退院後、昨日までの1週間は自宅静養で、毎日ぽこと一緒にゴロゴロしていました。
それで解かったことは、ぽこは本当によく昼寝をするうさぎだということ。
特に正午~午後5時くらいまではかなり眠いみたいで、何かあって目を覚ましても、すぐにまた眠りこけてしまいます。

ぽこの昼寝・その1
気温の高い時間帯は、フローリングの上でゴロン。
ピンと立った真っ白な尻尾が可愛いいです。

ぽこの昼寝・その2
今度はテーブルの下にもぐりこんでゴロンゴロン。
フンがポロポロ散らばって見苦しい!

ぽこの昼寝・その3
本格的な眠りに陥ると、こんな様子で頭がグラングランしています。
爆睡してても目は開いているので、見ているとちょっと怖くなってきてしまいました。

2008年05月19日 うさぎ コメント:4

2008年05月18日

入院、静養、反省。

昨日の続きです。

前穂高岳からの滑落後、身動きのとれなくなった私は長野県警のヘリコプターにピックアップされ、松本市内の相澤病院に搬送されました。
そこでの検査の結果、腰椎2本と肋骨3本の骨折、そして肋骨骨折時の衝撃で左肺が破れ、いわゆる気胸の状態になっているとの説明を受けました。
直ちに左胸に空気抜きのパイプを埋める手術となったのですが、これが猛烈に痛かった!

処置が終わると、病院の電話で妻と話をすることができました。
命の別状はないこと、後遺障害は残らないことを説明した後、Climging Club ZOO の仲間で北アルプスにいるメンバーに連絡を取ってもらうよう頼みました。
岳沢に残してきたパートナーのサポートを依頼しようとの考えからです。
タイミング良く下山したばかりの仲間1人と連絡がとれ、翌朝サポートに出てもらい、パートナーも無事に下山となりました。

さらに翌日、Climging Club ZOO の代表・安村淳さんがいらっしゃって、付き添いに来ていた妻とともに長野県警にお礼を述べに行っていただきました。

また退院前日には、山梨在住の Climging Club ZOO の仲間が退院準備の手伝いに来てくれました。
その時に、一昔前とは違って最近のゴールデンウィークは気温が高く、そのような状態の中で北アルプスの稜線を辿るような計画が、そもそも良くなかったのではないか?との話がでました。
確かにその通りかもしれない…今後のこの時期の計画は、より慎重なエリア選択が必要かなと考えさせられました。

病院食
入院中の食事。
最後までずっとお粥でしたが、けっこう美味しかったです。

入院中の経過は良好で、潰れた肺も間もなく膨らみ、6日目に埋め込んだパイプを除去、丸1日経過を見て、8日目に退院となりました。

しかし帰宅した翌日、地元の山陰労災病院を受診したところ、骨折の方も処置が必要で、完治までには時間がかかりそうだとのこと。
現在はコルセットで固定し、身体の動きが不自由です。

ぽこ
退院後から今日まで1週間、自宅での静養をしていました。
ぽこはずっとこんな感じで、私の近くでくつろいでいました。
たぶん自分1人だったら大変に暗い気持ちになっていたことでしょう。
ぽこがいてくれて本当に良かった!

ところで今回の事故は、自分のルートを見る目のなさ、体力不足、おっくうさ、自信過剰などによって生じた、本当に情けない事故でした。
こんなことで大勢の方にご迷惑をかけてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
しかし登山は、今まで通り続けたいという思いが強いです。
回復したら体力、技術面を中心にトレーニングし直し、より真摯な姿勢で山に向かいたいと思っています。

2008年05月18日 登山の話題 コメント:12

2008年05月17日

転落、滑落。

ここ何日か、ゴールデンウィークの穂高山行のことを長々と書いてきましたが、ここで入院に至る経緯についてご報告したいと思います。

私は5月4日13時30分頃、前穂高岳より岳沢に向かう途中、奥明神のコルの150mくらい手前の岩稜より転落、途中左半身を露岩に激突させつつ、下又白谷源頭の雪面を200mほど滑落しました。
直後には自力下山も考えましたが、無理があると判断し長野県警に救助を要請。
1時間半後に県警ヘリコプターにピックアップされ、松本市内の相澤病院に搬送されました。
そこでの検査で、左多発肋骨骨折、血気胸、腰椎横突起骨折との診断を受けました。
そのまま入院治療を経た後、8日目に退院し、鳥取県の自宅に戻りました。

転落の原因は、踏み込んだ雪壁の崩落によるものでした。
そしてそういった崩落してしまう雪壁に踏み込んだのは、完全に私の不注意による判断ミスからでした。

そのような不注意で起こしてしまった事故に対し、危険な山岳フライトを行って救助してくださった長野県警・救助隊の皆さん、痛みで大騒ぎする私をなだめつつ処置してくださった相澤病院の医師、看護師の皆さん、連休の繁忙時に事故の連絡を警察に中継してくださった涸沢ヒュッテの皆さんに対し、心よりお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

転落、滑落・その1
これは事故当日、奥穂高岳山頂で、パトロール中の長野県警ヘリをぼんやりと見ているところ。
まさか数時間後に、このヘリに救助してもらうことになるとは、この時は思ってもみませんでした…。

続きを読む

2008年05月17日 その他の山々 コメント:4

2008年05月16日

奥穂高岳より前穂高岳へ。

昨日の続きです。
(5月4日の山行です)

岳沢より南稜を登攀して奥穂高岳に着いた我々は、吊尾根を歩いて前穂高岳に向かうことにしました。

吊尾根・その1
奥穂高岳からの下り。
腐った雪に足をとられ、大変に歩きづらい状態。
また行く手には、大きな雪庇があってちょっと不気味な感じです。

吊尾根・その2
この下りでは、露岩上を歩く箇所も多数出てきました。
足がとられないのは良いですが、これはこれで歩きにくいものでした。

吊尾根・その3
このコースには先行パーティが1組いたのですが、進むのに難儀しているようだったので、途中から先を歩かせてもらいました。
雪面のところどころに、前日のものと思われるトレースが残っていたのですが、支持力がなく、ズボズボと膝近く潜っての歩み。
私が先頭に立っても、特にスピードアップにはならず、どんどん時間が過ぎていきました。

吊尾根・その4
吊尾根最低地点を通過したやや先、写真中央やや右の、7~8mの急雪壁が、このコースでの核心部となりました。
我々とは逆方向、前穂高岳から奥穂高岳に向かう方々は、ここは懸垂下降で通過していました。

吊尾根・その5
上記急雪壁を越えた先からが、前穂高岳への最後の登りとなります。
しかし奥穂高岳からここに来るまで、すでに2時間半以上が経過していました。
弥山から剣ヶ峰まで30分足らずで到達する伯耆大山とは、スケールがまったく違います…。

吊尾根・その6
やっと辿り着いた前穂高岳山頂から振り返った奥穂高岳。
結局、吊尾根の通過に3時間以上を費やしてしまいました…。
時刻は既に13時過ぎ、昼過ぎにはテントに戻るという考えは甘かったようです。

よりによって一番気温の高い時間帯に、下山しなければならないということに対するあせり。
それに加えて、あまり認めたくはないのですが、久し振りの大きな山で、疲労が出ていたということ。
それらの要因が重なって、この時点での私は、少し集中力に欠けた状態にあったようです。

しかしそんなことはいっても、下山しないわけにはいきません。
前穂高岳山頂で行動食を少々口にした後、グズグズの雪を気にしつつも岳沢への下降を始めることにしました。

続きはまたあとで。

2008年05月16日 その他の山々 コメント:2

2008年05月15日

奥穂高岳南稜。

昨日の続きです。

前日岳沢に幕営した我々は、翌朝は3時起床、4時過ぎに行動を開始しました。
ちょっと出遅れたか…でもまだ周囲は暗いしこんなものか??
しかしこの日は日の出前より気温が高く、下山時の雪の状態に不安を覚えて、必要以上にあせりのようなものを感じていました。
そのことが後の大きなミスにつながるのですが、この時点ではとにかく急いで登り、急いで下山して、昼過ぎにはテントに帰ってくるようにしよう、というように考えていました…。

奥穂高岳南稜・その1
奥穂高岳南稜の取り付きやや手前。
ルートは正面の露岩や雪壁の傾斜の緩いところを伝って登り、上部の顕著な3つのピーク・トリコニーを右から左に渡っていくような感じで進んでいきます。
取り付きからの露岩を1段登った雪面には、すでに先行パーティ5人の姿が見えていました。
その他にも先行する人影がちらほら見えていたため、岩場で順番待ちにならなければ良いなと、ちょっと心配しながらルートに向かいました。

奥穂高岳南稜・その2
取り付きから2つ目の露岩帯を登ろうとしているところ。
パートナーもこの冬は大山でずっと一緒に登ってきていて、この手の登攀には随分慣れてきたため、ロープは使わずガンガン進んでいきます。

奥穂高岳南稜・その3
その先のルンゼ状の雪壁から草付を越えた上の雪面では、先行パーティは直上と右トラバースの2手に分かれていました。
下から見ていたところ、右トラバースの方が早く抜け出そうだったため、我々もそちらに着いていくことにしました。

奥穂高岳南稜・その4
少し登ると直上、右トラバースとも合流。
頭上には核心部であるトリコニーの岩場が迫ってきました。

奥穂高岳南稜・その5
トリコニーの岩場も階段状で容易なため、ロープは使わずに登っていきます。
先行する2パーティ(その他はすべて追い抜いてしまいました)もロープなしで登っているので、懸念していた岩場での順番待ちという事態は回避されました。

奥穂高岳南稜・その6
チムニー状の狭い箇所を抜けるところ。
ちょっと面白い登りです。

奥穂高岳南稜・その7
このトリコニー、高度感は結構ありました。
今回は暖かくて風がなかったから大丈夫でしたが、もう少し気象条件が悪いようであったとしたら、ロープは使用して行動すべきでしょう。

奥穂高岳南稜・その8
トリコニーの岩場から上部雪稜に乗り移ったところ。
今回はここが一番不安定で高度感があり、核心部といえるような場所でした。

奥穂高岳南稜・その9
ルート最上部の雪稜の部分。
概ね傾斜は緩く、快適な雪稜でした。

奥穂高岳南稜・その10
最後は雪稜を少し離れて左の急雪壁を直上。
傾斜が緩んでくると、大勢の登山者で賑わう奥穂高岳山頂はすぐそこでした。

続きはまた明日。

2008年05月15日 その他の山々 コメント:4

2008年05月14日

岩と雪の穂高へ。

さてさて随分遅くなってしまいましたが、ゴールデンウィーク後半の山行について報告します。

穂高入山・その1
今年のGWは、北アルプスの穂高連峰に足を運びました。
穂高を訪れるのは、2002年のGWに明神岳東稜を登って以来ということになるので、ちょうど6年振りです。
久し振りの上高地では、六百山の岩場が記憶よりも大きく頭上に聳えていたのが印象的でした。
(写真上部の岩場です)

穂高入山・その2
今回の目的地は岳沢です。
まずは河童橋を渡って、しばらくは残雪の中に見え隠れする登山道の歩き。
畳岩が正面に見えてくるあたりから沢に降りて、あとは残雪上のトレースを辿っていきます。

穂高入山・その3
この時期の岳沢は、2年前に岳沢ヒュッテが倒壊して以来管理する人もなく、登山者が思い思いの場所にテントを張っている状況です。
我々は左岸の小高い斜面の、奥明神沢出合いよりやや下の位置にテントを張ることにしました。

穂高入山・その4
愛用のダンロップテント。
これは今から11年前に、当時所属していた山岳会の仲間を騙して…いや交渉して、5000円で譲ってもらったものです。
設営しやすいとても良いテントなのですが、最後に使ったのが3年前の三ツ峠。
雪の上に張るのは、上記6年前の明神岳東稜以来ということになります。
この間2~3年、まったく山に行かない時期があった、ということもあるのですが、現在住んでいる山陰では山が近く、浅いために日帰りばかりで、テントの出番がないということが使わないことの一番の理由です。
私は山に泊まるのが大好きなので、ちょっと寂しい感じです…。

さて翌日は、穂高連峰、いや日本を代表するクラシックルートである、奥穂高岳南稜に取り付くことにしました。

続きはまた明日。

2008年05月14日 その他の山々 コメント:0

2008年05月13日

四川大地震。

昨日発生した中国の四川大地震、かなりの大被害のようです。

中国成都・その1
中国の四川省は、2年前のちょうど今頃、パンダ飼育のボランティアをするため訪れました。
写真は四川省の中心都市・成都市にあるイトーヨーカドーです。
ここも被害を被ったそうです。

中国成都・その2
先ほど見たニュースでは、成都中心部の商店街がメチャクチャになっていました。
われわれに同行してくれた通訳の方は成都市在住だったのですが、安否が気遣われます…。

成都動物園
これは成都市郊外にある成都動物園のパンダ。
動物園は一体どうなっているのでしょうか?

臥龍大熊猫繁殖基地
しかしそれ以上に心配なのが、パンダ飼育の中心拠点である、臥龍大熊猫繁殖基地(我々がボランティアで行った先)です。
ここは成都市よりも、さらに震源地に近い位置にあるはず。
ニュースによると、我々も宿泊した隣接したホテルは倒壊してしまったとのことでした。
繁殖基地の被害がどのようなものか、本当に気掛かりです。
パンダや繁殖スタッフの皆さんが無事であることを、心より祈っています。

2008年05月13日 かわいい動物たち コメント:0

2008年05月12日

うさぎとの再会。

昨日、1週間ほど入院していた松本市内の病院を退院し、鳥取県の自宅へと戻りました。
一部の方には心配をかけてしまったようで、申し訳ありませんでした。
入院に至る経緯は、もう少し落ち着いたらご報告したいと思いますので、少々お待ちください。

さて私が家を出たのが5月2日の夜。
ぽことはそれ以来顔を会わせていないので、丸9日振りの再会ということになりました。
私がぽこのいる部屋に入っていくと…。
ぽことの再会・その1
ぽこはあんぐりと大きく口を開けてびっくりしました!
もう私は帰ってこないものだと思っていたのでしょうか???

な~んてことはなくて、寝ていたのにバタバタとうるさくなって、目を覚ましてあくびをしているところです。

ぽことの再会・その2
それでも手を差し伸べると、くんくんと匂いを確かめて、それからぺろぺろと優しく舐めてくれました。
元気そうで良かった!
この9日間、ぽこにもいろいろとストレスを与えるようなことをしてしまいました。
今後はそんなことのないよう、十分注意しなければいけないなと、本当に胸にしみて感じました。

2008年05月12日 うさぎ コメント:4

2008年05月08日

帰宅したうさぎ。

諸般の事情により私は現在、長野県・松本市内の病院に入院中。
(詳細については、いずれ書きます)
付き添いのため、妻も松本にやって来たのですが、その間ぽこは犬のキーちゃんの飼い主である、親戚の家に預けることになりました。
初めての外泊で体調をくずさないか??
私は自分のことよりもぽこのことが心配でなりませんでした…。

そして昨日、私の状態は問題ないということで、妻は米子へと帰っていきました。
さっそくぽこを迎えに行き、元気な様子の写真を送ってくれました!

帰宅したぽこ・その1
久々の帰宅に大はしゃぎのぽこ。
ソファーの背もたれに飛び乗ったり、春菊をむしゃむしゃ食べたりしているようです。

帰宅したぽこ・その2
そしてひと通りはしゃぎ回るのが終わるとと、ぽこはやがてこのように座椅子に上半身を投げ出して、ウトウトし始めたそうです。

帰宅したぽこ・その3
これで本当にくつろげているのかな?
ぽこは時々、変わった仕草を見せるうさぎです。

2008年05月08日 うさぎ コメント:6

2008年05月02日

船上山の花たち。

最近、なぜか山の草花を取り上げたホームページをよく目にします。
ちょっと影響を受けて、あまり柄ではないのですが、私も山の花の写真を撮ってみました。
いずれも先日クライミングで訪れた船上山で写した写真です。

船上山の花たち・その1
これはイワカガミ。
関東で登っていた頃は、奥秩父での沢登りの最中にしばしば目にしました。

船上山の花たち・その2
これはランの仲間、確かシュンランという名前だったと思います。
色や形が派手目で、山野草っぽくない感じです。

船上山の花たち・その3
これはスミレ。
地面だけでなく、岩壁の途中にも咲いていました。

船上山の花たち・その4
これはイチリンソウ??
ちょっと自信がないです。
<追記>
イチリンソウで間違いないそうです。
(大山自然歴史館の館長さんより)


船上山の花たち・その5
これはイカリソウ。
複雑な形の花びらが、面白い感じです。
<追記>
正確には、トキワイカリソウという種類でした。
(大山自然歴史館の館長さんより)


以上、もし花の名前が違っていたらご指摘ください。

しかしガツガツ登るばかりではなく、たまには足元の小さな花に目を向けてみるのも、それなりにけっこう面白いですね。

2008年05月02日 植物いろいろ コメント:0

2008年05月01日

生後8ヶ月目のうさぎ。

我が家の飼いうさぎ・ぽこは、今日で生後8ヶ月目となります。
人間でいうと大体18歳~20歳くらい?
もう子うさぎとは呼べない程度にまで、成長したことになります。

8ヶ月目のぽこ・その1
うさぎも大人になれば人間と一緒で、食生活を見直す必要が出てきます。
ぽこのペレットも、今までの『離乳期~8ヶ月』向けから、『8ヶ月~5歳』向けに変えることにしました。
とはいっても一気に変えるとペレットを食べなくなる可能性もあるので、これから1ヶ月間は混合して食べさせ、徐々に慣らしていくことになります。

8ヶ月目のぽこ・その2
ところで最近のぽこのお気に入りの菜っ葉は、高菜。
ぽこ用サラダ皿に入れると、匂いを嗅ぎつけてぴょんぴょんとやって来ます。

8ヶ月目のぽこ・その3
齧る前に、もう一度匂いを確認してから、カプカプムシャムシャと食べていきました。

ぽこにあげる菜っ葉も、これまでは小松菜などを中心に与えていたのですが、大人になったので見直す必要が出てきました。
(小松菜はカルシウムが多過ぎて、大人うさぎの健康にはあまり良くないそうです)
幸いにして私の住む山陰は、新鮮な野菜類が選り取りみどりなので、できるだけ質が良い、ぽこの成長度合いに合ったものを食べさせていきたいです。

2008年05月01日 うさぎ コメント:4

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