鳥海山の思い出。

先日の土日は、東日本から西日本にかけて雨でした。
米子在住の山仲間のREIさんたちは北アルプス方面の計画を立てていたのですが、雨の予報のため予定を変更し、東北の鳥海山(ちょうかいさん・2230m)に足を運んだそうです。
何と片道1000kmあまり、12時間以上の運転だったとのこと。
お疲れさまでした。

鳥海山
これはREIさんに送ってもらった写真です。
登山道の象潟口付近から写したものでしょうか。
手前の断崖を落ちる滝が白糸の滝、奥に見えるのが山頂とのこと。
なかなか壮大な景色です。

私の出身地は秋田県、秋田市の北に隣接し男鹿半島の手前に位置する、天王町という海沿いの町で小学生の時まで過ごしました。
その当時2年に1回くらい、南の空の普段は何もないところに、薄ぼんやりと巨大な山が見えることがありました。
親や先生に聞くと、それは鳥海山といって秋田県で一番高い山だということでした。
何だか怖いような、でもちょっと胸がときめくような、不思議な思いがしたものでした。
子供の頃は登山にはまったく興味がなく、鳥海山には登ることなく天王町を離れたのですが、今は機会があれば登ってみたいと、心のどこかでずっと思っています。
できれば3月頃、北面のバリエーションルートから登りたいと思うのですが…でも遠いので、ちょっと難しいかもしれません。

鳥海山のお土産
REIさんが買ってきてくれたお土産。
庄内米せんべいと可愛いローソク、袋にはうさぎのイラストが描かれていました。
このローソクはフラワーボールというもので、水に浮かべて使うのだそうです。
何だか面白そうで使うのが楽しみです。

2008年05月28日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:6

転落、滑落。

ここ何日か、ゴールデンウィークの穂高山行のことを長々と書いてきましたが、ここで入院に至る経緯についてご報告したいと思います。

私は5月4日13時30分頃、前穂高岳より岳沢に向かう途中、奥明神のコルの150mくらい手前の岩稜より転落、途中左半身を露岩に激突させつつ、下又白谷源頭の雪面を200mほど滑落しました。
直後には自力下山も考えましたが、無理があると判断し長野県警に救助を要請。
1時間半後に県警ヘリコプターにピックアップされ、松本市内の相澤病院に搬送されました。
そこでの検査で、左多発肋骨骨折、血気胸、腰椎横突起骨折との診断を受けました。
そのまま入院治療を経た後、8日目に退院し、鳥取県の自宅に戻りました。

転落の原因は、踏み込んだ雪壁の崩落によるものでした。
そしてそういった崩落してしまう雪壁に踏み込んだのは、完全に私の不注意による判断ミスからでした。

そのような不注意で起こしてしまった事故に対し、危険な山岳フライトを行って救助してくださった長野県警・救助隊の皆さん、痛みで大騒ぎする私をなだめつつ処置してくださった相澤病院の医師、看護師の皆さん、連休の繁忙時に事故の連絡を警察に中継してくださった涸沢ヒュッテの皆さんに対し、心よりお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

転落、滑落・その1
これは事故当日、奥穂高岳山頂で、パトロール中の長野県警ヘリをぼんやりと見ているところ。
まさか数時間後に、このヘリに救助してもらうことになるとは、この時は思ってもみませんでした…。

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2008年05月17日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:4

奥穂高岳より前穂高岳へ。

昨日の続きです。
(5月4日の山行です)

岳沢より南稜を登攀して奥穂高岳に着いた我々は、吊尾根を歩いて前穂高岳に向かうことにしました。

吊尾根・その1
奥穂高岳からの下り。
腐った雪に足をとられ、大変に歩きづらい状態。
また行く手には、大きな雪庇があってちょっと不気味な感じです。

吊尾根・その2
この下りでは、露岩上を歩く箇所も多数出てきました。
足がとられないのは良いですが、これはこれで歩きにくいものでした。

吊尾根・その3
このコースには先行パーティが1組いたのですが、進むのに難儀しているようだったので、途中から先を歩かせてもらいました。
雪面のところどころに、前日のものと思われるトレースが残っていたのですが、支持力がなく、ズボズボと膝近く潜っての歩み。
私が先頭に立っても、特にスピードアップにはならず、どんどん時間が過ぎていきました。

吊尾根・その4
吊尾根最低地点を通過したやや先、写真中央やや右の、7〜8mの急雪壁が、このコースでの核心部となりました。
我々とは逆方向、前穂高岳から奥穂高岳に向かう方々は、ここは懸垂下降で通過していました。

吊尾根・その5
上記急雪壁を越えた先からが、前穂高岳への最後の登りとなります。
しかし奥穂高岳からここに来るまで、すでに2時間半以上が経過していました。
弥山から剣ヶ峰まで30分足らずで到達する伯耆大山とは、スケールがまったく違います…。

吊尾根・その6
やっと辿り着いた前穂高岳山頂から振り返った奥穂高岳。
結局、吊尾根の通過に3時間以上を費やしてしまいました…。
時刻は既に13時過ぎ、昼過ぎにはテントに戻るという考えは甘かったようです。

よりによって一番気温の高い時間帯に、下山しなければならないということに対するあせり。
それに加えて、あまり認めたくはないのですが、久し振りの大きな山で、疲労が出ていたということ。
それらの要因が重なって、この時点での私は、少し集中力に欠けた状態にあったようです。

しかしそんなことはいっても、下山しないわけにはいきません。
前穂高岳山頂で行動食を少々口にした後、グズグズの雪を気にしつつも岳沢への下降を始めることにしました。

続きはまたあとで。

2008年05月16日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:2

奥穂高岳南稜。

昨日の続きです。

前日岳沢に幕営した我々は、翌朝は3時起床、4時過ぎに行動を開始しました。
ちょっと出遅れたか…でもまだ周囲は暗いしこんなものか??
しかしこの日は日の出前より気温が高く、下山時の雪の状態に不安を覚えて、必要以上にあせりのようなものを感じていました。
そのことが後の大きなミスにつながるのですが、この時点ではとにかく急いで登り、急いで下山して、昼過ぎにはテントに帰ってくるようにしよう、というように考えていました…。

奥穂高岳南稜・その1
奥穂高岳南稜の取り付きやや手前。
ルートは正面の露岩や雪壁の傾斜の緩いところを伝って登り、上部の顕著な3つのピーク・トリコニーを右から左に渡っていくような感じで進んでいきます。
取り付きからの露岩を1段登った雪面には、すでに先行パーティ5人の姿が見えていました。
その他にも先行する人影がちらほら見えていたため、岩場で順番待ちにならなければ良いなと、ちょっと心配しながらルートに向かいました。

奥穂高岳南稜・その2
取り付きから2つ目の露岩帯を登ろうとしているところ。
パートナーもこの冬は大山でずっと一緒に登ってきていて、この手の登攀には随分慣れてきたため、ロープは使わずガンガン進んでいきます。

奥穂高岳南稜・その3
その先のルンゼ状の雪壁から草付を越えた上の雪面では、先行パーティは直上と右トラバースの2手に分かれていました。
下から見ていたところ、右トラバースの方が早く抜け出そうだったため、我々もそちらに着いていくことにしました。

奥穂高岳南稜・その4
少し登ると直上、右トラバースとも合流。
頭上には核心部であるトリコニーの岩場が迫ってきました。

奥穂高岳南稜・その5
トリコニーの岩場も階段状で容易なため、ロープは使わずに登っていきます。
先行する2パーティ(その他はすべて追い抜いてしまいました)もロープなしで登っているので、懸念していた岩場での順番待ちという事態は回避されました。

奥穂高岳南稜・その6
チムニー状の狭い箇所を抜けるところ。
ちょっと面白い登りです。

奥穂高岳南稜・その7
このトリコニー、高度感は結構ありました。
今回は暖かくて風がなかったから大丈夫でしたが、もう少し気象条件が悪いようであったとしたら、ロープは使用して行動すべきでしょう。

奥穂高岳南稜・その8
トリコニーの岩場から上部雪稜に乗り移ったところ。
今回はここが一番不安定で高度感があり、核心部といえるような場所でした。

奥穂高岳南稜・その9
ルート最上部の雪稜の部分。
概ね傾斜は緩く、快適な雪稜でした。

奥穂高岳南稜・その10
最後は雪稜を少し離れて左の急雪壁を直上。
傾斜が緩んでくると、大勢の登山者で賑わう奥穂高岳山頂はすぐそこでした。

続きはまた明日。

2008年05月15日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:4

岩と雪の穂高へ。

さてさて随分遅くなってしまいましたが、ゴールデンウィーク後半の山行について報告します。

穂高入山・その1
今年のGWは、北アルプスの穂高連峰に足を運びました。
穂高を訪れるのは、2002年のGWに明神岳東稜を登って以来ということになるので、ちょうど6年振りです。
久し振りの上高地では、六百山の岩場が記憶よりも大きく頭上に聳えていたのが印象的でした。
(写真上部の岩場です)

穂高入山・その2
今回の目的地は岳沢です。
まずは河童橋を渡って、しばらくは残雪の中に見え隠れする登山道の歩き。
畳岩が正面に見えてくるあたりから沢に降りて、あとは残雪上のトレースを辿っていきます。

穂高入山・その3
この時期の岳沢は、2年前に岳沢ヒュッテが倒壊して以来管理する人もなく、登山者が思い思いの場所にテントを張っている状況です。
我々は左岸の小高い斜面の、奥明神沢出合いよりやや下の位置にテントを張ることにしました。

穂高入山・その4
愛用のダンロップテント。
これは今から11年前に、当時所属していた山岳会の仲間を騙して…いや交渉して、5000円で譲ってもらったものです。
設営しやすいとても良いテントなのですが、最後に使ったのが3年前の三ツ峠。
雪の上に張るのは、上記6年前の明神岳東稜以来ということになります。
この間2〜3年、まったく山に行かない時期があった、ということもあるのですが、現在住んでいる山陰では山が近く、浅いために日帰りばかりで、テントの出番がないということが使わないことの一番の理由です。
私は山に泊まるのが大好きなので、ちょっと寂しい感じです…。

さて翌日は、穂高連峰、いや日本を代表するクラシックルートである、奥穂高岳南稜に取り付くことにしました。

続きはまた明日。

2008年05月14日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:0

東京の富士塚巡り(続き)。

昨日の続きです。

新宿周辺では山らしい富士塚に出会えなかったので、総武線に乗って千駄ヶ谷に移動、記憶の中では立派な富士山だった千駄ヶ谷富士を目指しました。

千駄ヶ谷富士・その1
千駄ヶ谷駅を出て真正面の道を3分ばかり歩くと、前方に鬱蒼とした鳩森八幡神社(渋谷区千駄ヶ谷1-1-24)が現れます。
境内に入ってすぐ左手に高さ6mほどの小山があるのですが、これが目指す千駄ヶ谷富士です。
ここまでに回った富士塚とは異なり、堂々たる立派なミニチュア富士山です。

千駄ヶ谷富士・その2
登山道はこんな感じ。

千駄ヶ谷富士・その3
中腹左手には社があり、右手には洞窟が掘られて中に地蔵菩薩の石仏が安置されていました。

千駄ヶ谷富士・その4
頂上の祠。
周りのでこぼこした岩は、本物の富士山から運ばれた溶岩のはずです。
富士山から持ってきた溶岩があることと洞窟があることが、正統派富士塚の条件となっているのだそうです。

千駄ヶ谷富士・その5
頂上から見下ろした鳩森八幡神社の境内。
たかだか6mですが、それでも多少は達成感が得られたし、ちょうど良い早朝の時間つぶしにもなりました。

2008年02月26日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:4

東京の富士塚巡り。

富士塚、というのをご存知でしょうか?
主に江戸時代の頃、富士山を信仰する人々が形を似せて作った、人工の小さな富士山のことです。
東京を中心とした関東地方のあちこちに建てられており、現在でもそのいくつかはひっそりと残されています。
私がまだ関東に住んでいた頃、山に行かない週末は散歩を兼ねてあちこちの富士塚を訪ね回り、てっぺんまで登ってみたりしたものでした。
小さな富士山の上に立つと、何となく歴史の流れを感じるような、不思議な思いがしました。

先日の上京の際、都内に着くのが早朝なので、時間つぶしをどうしようかと考えていたのですが、ふと富士塚のことを思い出しました。
まだ行ったことのない、主に新宿近辺の富士塚の所在地を調べ、いくつか登ってみることにしました。

成子の富士塚
まずは成子天神社(新宿区西新宿8-14-10)の奥に立つ、成子の富士塚へ。
西新宿高層ビル群に近い青梅街道沿いにありました。
けっこう立派な(?)富士山ですが、残念ながら年始の七福神巡りの期間以外は、立ち入り禁止なのだそうです。
登れなくてがっかり…。
気を取り直して次に向かうことにしました。

西大久保富士・その1
大繁華街・歌舞伎町の外れにある、鬼王神社(新宿区歌舞伎町2-17-5)の奥に立つ西大久保富士。
この写真は一合目から五合目。

西大久保富士・その2
そしてこちらが六合目から頂上…何か変?
実はこの富士塚はもともとは大きかったものを、昭和43年に2つに分けて作り直したものなのだそうです。
現在は両方とも人の背丈程度の大きさで、ちょっと登るようなものではありませんでした。

東大久保富士・その1
さらに東に歩いて、今度は西向天神社(新宿区新宿6-21-1)に隣接した公園の奥にある東大久保富士へ。
住宅地を通る道から見上げると、山っぽい堂々たる後姿が見えてきて、期待感が高まります。

東大久保富士・その2
しかし正面に回ると鍵のかかった柵が立てられており、これも登ることはできませんでした。
今日訪ねたのは、どれもこれも登れない富士塚ばかりです…。

新宿富士
とぼとぼと新宿駅方面に戻る途中、最後に花園神社(新宿区新宿5-17-3)の傍らに立つ新宿富士へ足を運びました。
これは登ることができる…けれども、あまりにも小さい!
人の背丈にも満たない小ささです。

このままでは欲求不満となってしまうので、予定を変更してもう1つ、以前登ったことのある千駄ヶ谷富士にも行ってみることにしました。
この千駄ヶ谷富士は、他にないくらい大きな富士山だったような記憶が残っています。
早速新宿駅から総武線に乗り、千駄ヶ谷駅に向かいました。

続きはまたあした。

2008年02月25日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:0

隠岐ノ島の風景。

今日は先月27日、28日の2日間で行ってきた、隠岐諸島・西ノ島での写真を紹介します。

隠岐ノ島・その1
島の北西部に位置する、摩天崖という断崖の頂上付近(標高257m、車で行けます)から見下ろした断崖の部分。
我々が登下降したのは断崖の左に大きく食い込んでいる部分です。
(登下降の記録はこちら↓
「隠岐西ノ島・摩天崖第2ルンゼに行ってきました。」
↑をご覧になってください)

隠岐ノ島・その2
同じ地点から北東の海岸線を写した写真。
摩天崖ほどの規模はありませんが、険しい断崖が続いています。

隠岐ノ島・その3
さらに南に目を向けると、車道のある尾根を挟んだ向こう側に穏やかな海が望めました。
この西ノ島は地形の険しい細長い島なので、思いがけないところで海が見えて、なかなか面白いところでした。

隠岐ノ島・その4
摩天崖の頂上一帯は放牧場となっていました。
断崖の続く海岸線とは違い、尾根上はなだらかな草原。
のんびりと草を食べる馬や牛を見ていると、幸せな気持ちになってきました。

2007年11月18日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:2

隠岐西ノ島・摩天崖第2ルンゼに行ってきました。

昨日から今日にかけて、島根県の隠岐諸島・西ノ島の北西面に位置する摩天崖という断崖の、第2ルンゼを上部から懸垂下降後、登攀してきました。

摩天崖
登攀活動終了後、チャーターした小型船に乗って、洋上から見上げた摩天崖の第2ルンゼ。
左右2つのルンゼがありますが、我々が登下降したのは、傾斜の緩い右側の方です。
ちなみに第2ルンゼという名称は、今からちょうど40年前の1967年に、摩天崖を初登攀された広島山の会の方々が付けれれたということでした。

摩天崖第2ルンゼ・その1
ルンゼ上部の太い木を支点にして、懸垂下降開始。
ルンゼ最上部の20m程は草付帯です。

摩天崖第2ルンゼ・その2
その下は、このような泥と浮石の岩溝となりました。
大変に不安定で、ロープの動きで落石が頻発するので要注意です。
ロープがいっぱいになったところで、手製のステンレスアンカーとピトンを使って支点を追加しつつ、ロープを連結してさらに下降続行。

摩天崖第2ルンゼ・その3
ルンゼ内で一番の狭隘部。

摩天崖第2ルンゼ・その4
さらにもう1本、合計3本のロープを連結して緩傾斜帯まで懸垂下降。
最後はガレ場を100m近く歩いて、海岸に向かいました。

摩天崖第2ルンゼ・その5
降り立った地点は小さな浜になっていました。
この浜は左右が崖に阻まれ、また船を着けることもできないため、めったに人の立ち入ることない隔絶された浜ということでした。

摩天崖第2ルンゼ・その6
さて登り返しです。
本来は、フィックスロープによる確保をしても良いから、全てをフリークライミングで登る予定でしたが、あまりの岩の脆さに早々に断念。
傾斜の強い箇所はロープに完全に加重をかけたユマーリングとなってしまい、少々不本意な結果となってしまいました。

2007年10月28日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:2

四国・赤石山系の東赤石山。

1つ前の、鏡沢を登った記事の続きです。

赤石山荘で快適な一夜を過ごした我々は、赤石山系の稜線をちょっとだけ縦走して、北面の登山口やや下の入渓点まで戻ることにしました。

東赤石山・その1
赤石山荘前より、石室越に向かって登る途中から見上げた八巻山です。
ボルダーが点在して、まるで岡山の王子ヶ岳のようです。

東赤石山・その2
八巻山から見た前赤石山。
前の日は、写真右手の露岩の向こう側の斜面を登って、稜線へと抜け出たのでした。
この日は前赤石山とは反対方向に位置する、赤石山系の主峰とも言うべき東赤石山を目指して歩きました。

東赤石山・その3
八巻山を越えた稜線上から見上げた東赤石山。
残念ながらこの頃からガスが濃くなり、視界が悪くなってしまいました。

東赤石山・その4
東赤石山(ひがしあかいしやま・1706.6m)山頂です。
我々のホームグラウンドである、伯耆大山の弥山とほぼ同じ標高です。
しかしよく整備された夏道登山道から登ることのできる弥山とは異なって、この東赤石山は道標は最小限で、なおかつ高度感のある露岩上に道がつけられているので、難易度は高いと言えるでしょう。

東赤石山・その5
東赤石山山頂に立った後は、稜線を少しもどった赤石越より、北面の登山口に向けて下山しました。
上半部は滑りやすい露岩が多く、途中からは写真のような木のはしごが現れて、思いのほか歩きにくい道です。
歩いていて甲斐駒ケ岳の黒戸尾根を思い出してしまいました。

東赤石山・その6
これは今回宿泊した、赤石山荘の写真です。
素泊まり2,000円、布団が使えるので快適な一夜を過ごすことができました。
水もあり、ちょっと離れたところには天場もあるので、この周辺の山を登るには良い拠点になると思います。

今回初めて登った東赤石山系ですが、沢も尾根も(ついでに岩場も)大変魅力的ということがわかり、また訪れてみたいと思いました。

2007年09月11日 その他の山々 トラックバック:0 コメント:0